カテゴリー「SALZBURG 2009」の4件の記事

2009年8月22日 (土)

インドの映画

インドの有名な俳優がアメリカに入国する際、名前のせい(イスラム系の名前だと審査が厳しい)で長い取調べを受けた、という記事を読んだのは先週のこと。

今朝の新聞にその俳優の写真が載っていて、びっくり。

これはあの私がフランクフルトへの行き帰りに夢中になってみた映画の主役俳優ではありませんか。

名前は知らなかったけど、シャー・ルク・カーンって方なのね。

387pxrab_ne_bana_di_jodi 機内のサービスであるかもと期待していた映画がまったくなくて、まあこれでもいいか、と見たRab Ne Bana Di Jodi(ヒンドゥー語映画。英語字幕)が本当に面白くて、結局行きに2度、帰りにも1度見てしまった。

内気で内向的なSurinderが恩師の先生の娘さんTaaniにあったとたん一目ぼれ。でもそのTaaniは結婚式の準備で忙しいって状況。

そのTaaniが美しくて素晴らしい。本当に活き活きしてこの世になんにも恐れるものはない、といったふうで。

ところがそこに結婚式に向かっていたバスが事故にあって婚約者も亡くなったというニュースが。そしてTaaniの父が倒れる。

娘が天涯孤独になるのではと心配でたまらない教授は、SuriderにTaaniと結婚してくれないかと頼む。そしてTaaniは了承する。

Taaniに自分の部屋を明け渡して自分は屋根裏部屋に移りTaaniを大切にしなんでも望みは聞いてあげたいSurinder。

ダンス教室に通い始めたTaaniの姿をそっと見たいSurinderは親友に頼み髪型、服装などで変身し教室に行くが、踊りのパートナーとなり訊かれて名前をRajと名乗る。

社交的で思ったことを口にし、だじゃれもとばすRajに最初はへきへきしていたTaaniはだんだんRajに惹かれてくる。

シャー・ルク・カーンの演ずるRajとSurinder一人二役上手いです。特にSurinder。カーンって大スターでかっこいいはずなのに、この平凡で不器用なおじさんの感じが良く出ていて。

ここであさはかにも私はひげとか、額の傷とかそんなことでRaj=SurinderだとTaaniが気づいてめでたしめでたし、だと予想していたけれど、インドは深かった。

「どっちも同じ君じゃないか」という親友に
「Taaniは内気で凡庸なぼくを好きにならなくてはいけない、陽気で楽しいRajでなく」というSurinder。

人は何の中に「神」を見るのか。

Suriderが彼女のために何が出来るのかと考え、そして覚悟した。その気持ちが底にあってその彼だからこそ「神」を感じさせたのでしょう。素晴らしいエンディングです。

他にも女の子が本当に欲しいものについての会話なども良かったし、はじめてお弁当を作ってもらったSurinderが通勤時に突然歌い踊りだすシーンも大好き。

私はミュージカル体質(嬉しいと踊ったり歌いだしたりしたくなる体質)なので、インド映画で感情が高ぶったときに皆が踊りだしたりしてもなんの違和感も覚えません。

なんども見たので踊りおぼえちゃったよ。だから映画館で見ていたら立ち上がって一緒に踊りたいくらい。インドの映画館ではそんな光景は見られないのかなあ?

BBCのサイトのこの映画に関するページは
http://www.bbc.co.uk/shropshire/content/image_galleries/bollywood_buzz_rab_ne_gallery.shtml?

写真とあらすじが載っています。(注;あらすじのある部分はまったくでたらめです。どうして?写真だけ見ましょう)

ほんとうに良質のロマンティック・コメディなので最近流行でハリウッド版など作られそうだけど。そのときは主演はヒュー様でしょうね。

Rajがサングラスかけるとインドのヒューグラント。いや、シャー・ルク・カーンにとってはヒューさまがイギリスのシャー・ルク・カーンだというかも。

隣の席で一緒に映画を見ていたMさんはおとなしいダンナのSurinderを「ちょっと岡田君に似てますよね」などと言ってたし、どちらにせよ素敵な俳優さんです。

会話も良く練られているし、コメディ部分の
We are travelling the love lane.Down the road,we will meet again.なども楽しい。

インドの人ってこんなに愛や人生について深い考えがあるの?

2008年の映画。2時間が短いです。
日本の公開はあるのかな。

こんな映画を見てしまうとますますインドに行きたくなるなあ。

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2009年8月 1日 (土)

旅行用のスマイソン

夕食後、やっとノートに旅程などを書き込む作業にとりかかる。

4月のパリ旅行では、Moleskine(モールスキン・モレスキン)のシティ ノート ブックを使ったけれど、私にはしっくりこなかった。ストリート名の索引などは確かに便利、でもメトロ図はあってもバス路線図はないので、結局それを別に持ち歩きになったり。また、書き込みしやすいようにハードカバーで、それが重い。それに”City”と名がつくので当然今回の旅先であるザルツブルクはないしね。

普段私が使っているダイアリーや旅行小物はSmythson。

私にとっては使用感も完璧理想形なので、旅行用のノートがないかなと見てみた。
Img_4181 Travel Journal、Travels and experiences,Travel notes、などいろいろあるが、どれも筆記具はついていない。

結局ポケットがついているほうが便利に使えるし、地図やチケットもはさめるし、ということでBijou Organizerのダイアリー部分をはずして持ってゆくことにした。14.5×11cmで小さめ。はさむところも前に3箇所、後ろは一箇所あるし、筆記具も付属。

スマイソンは「薄くて軽いのにインクが裏移りしない」ということころが利点なのだと思うが、私の場合万年筆は使わず、スマイソンについている筆記具を使うので、裏移りとか関係ない。でもスマイソンはとにかく軽いから使い始めると他のものが使えなくなってしまった・・・のは私だけ?

Img_4187LIM TRAVEL WALLET。
イニシャルを入れてもらっています。
10年ほど使っているけど、見た目は変わらず。

パスポートもはさめ(カバーもついている)、プリントアウトしたA4の書類が3つ折で入り、中に2箇所、裏にもポケットあり、カードを入れるポケットあり、そんなにいろいろ入れてもこれも軽く、旅行をスムーズにしてくれる大切なパートナーなんです。

Img_4186_2

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2009年6月25日 (木)

暴走した計画

荷物を持っての移動は大変だけどovernight bagなら大丈夫。ザルツブルク滞在中、一泊2日の旅行を計画した。

プリーン・アム・キームゼー~ミュンヘン~オーバーアマガウ~インスブルック~ザルツブルク、と列車でぐるっと周る。

Kさんがミュージカルの「エリザベート」が好きで、数年前ウィーン滞在も楽んだようなので、、ゆかりの地を訪れたいだろうと思いそういう場所を含めた計画をたてた。まあ、私自身ももう一度リンダーホーフに行きたいとうこともあった。

しかし、ヘレンキームゼーに関しては、私は2年前そして昨年と続けて訪れていて、3年連続でも良いかと思うものの、昨年一緒に訪れたMさんが「違うとこに行きたい」と言う。まあ、普通そうですよね。

で、グループを2つに分けた。幸い今年のメンバーは英語の先生とか皆英語の会話に心配はいらないので「ヘレンキームゼー組」と「ミュンヘン組」。私はミュンヘン組。

それぞれ観光した後ミュンヘンの駅から同じ時間の列車に乗って合流してオーバーアマガウに向かえば良いし。(オーバーアマガウ泊)

昨夜「ヘレンキームゼー組」の人たちにSL、船などの時刻、ヘレンキームゼーへの詳しい行き方など書いた日程表を送ったところ、返事がきた。

それを読んでびっくり。

「・・・・ちゃんとたどり着けるか心配だし、先生と一緒にミュンヘンに行ってビールを堪能するのもいいなと思うのですが・・・」

① えぇー? そんな。確かに城まではSL-船ー馬車(歩くこともできる)と乗り換えはあるけれど、迷いようがないのに。

② 私のミュンヘンでの予定は美術館とニンフェンブルク城。 どこから”一緒にビール”のアイデアが?やはりミュンヘンとくればビールなのね。

それより驚いたのはヘレンキームゼーにはそんなに思いいれはないらしいこと。
すごく好きそうだと勘違いしていた。

ああ、また私の暴走だったのね・・・・。

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2009年6月14日 (日)

ザルツブルクの夏

2007年~2008年初めにパリ滞在が大変楽しかったので、今年のクリスマスから来年のお正月にかけてもパリに行こうと計画していた。

パリはライティングが素晴らしいので冬暗くても街が美しく見えるし、クリスマスミサや大晦日のオペラ座の雰囲気がまた良い。

ところがパリ旅行を一番楽しみにしていた学校教諭のMさんから泣きそうな声で電話が・・・。教育界では「新型インフルエンザ」の対処が厳しく、とても冬に旅行することは許されないとのこと。彼女が昨年からずっと旅行のことを考えて厳しい毎日を耐えてきたのを知っているだけにかわいそうに思った。

でも夏の航空券は高いから私が一緒に夏に旅行するのは無理だとあきらめていたところに、タイミング良くルフトハンザ航空からメールが届いた。

8月出発でもヨーロッパ各地往復航空券が8万5000円!(正確には日にちの組み合わせで8万5千円の日もある、ということでしたが。)

この価格ならなんとか大丈夫。

行きたそうな人に連絡を取り、場所を決め、休みの調整をしてもらいー先生たちは夏休み中も毎日学校でお仕事があるんですよーで、がががっと予約してしまった。

今見たらもうその日にちでは17万になっているんですよね。今回は幸運でした。

結局ザルツブルク8日間にしました。
いつもの旧市街にあるホテルは、公式サイトでは部屋がなかったので直接メールで問い合わせたらいろいろ融通をつけてくれました。覚えていてくれたのが嬉しい。

一泊旅行でヘレンキームゼーとリンダーホーフを訪れる以外はザルツブルクでゆっくり。これで、3年連続でザルツブルクの夏休み。どうしてか落ち着く街なんです。

ザルツブルク音楽祭期間中なのでオペラが聴きたかったけど、ちょうど日にちが合わない。でもマティアス・ゲルネのリサイタルと内田光子の室内楽のコンサートのチケットは取れた。

ゲルネはオペラ座バスティーユで「タンホイザー」を見て以来もう一度聴きたかったバリトン。内田光子は中学生の頃から大好きなピアニストですが、なかなか機会に恵まれなくて。昨年のザルツブルク音楽祭でも内田光子さんの演奏会があったけれど、日程が会わなかったし。

・・・というところに内田光子さんに大英帝国勲章が近くエリザベス女王からおくられることがきまったとのニュースを読んだ。おめでとうございます。まあ、内田さんは称号がデイムであろうがそうでなかろうがこれまでがそうであったように、これからも真摯に音楽にむかってゆくのでしょう。

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