カテゴリー「DR.MOGI」の88件の記事

2009年12月24日 (木)

イヴの出会い

クリスマス・イヴ。

クリスチャンではないのに。クリスマスの時季はどうしてこんなにうれしくて、みなが幸せでいてほしい気持ちが高まるのでしょうか。

姪に「うれしがり?」といわれつつ濃い赤のベレーとニットにオフホワイトのロングコートでおでかけ。だって嬉しいんだもん。

高知城近くの信号で前にいる女性を見て「どこかで会った顔だな」と思うまもなくひらめいた!先月の茂木さんの夜楽でご一緒だった方ではないですか。思わず信号前で話し込む。こういう出会いは嬉しい。

彼女はモスグリーンの暖かそうなコートを着ていらして、二人ともとってもクリスマス。

1月に夜楽の新年会を計画しているので、またそちらでゆっくりお話できたらいいですね。

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2009年12月 9日 (水)

プロフェッショナル終了

プロフェッショナル 仕事の流儀が来年3月で終了する見通しであるとの記事を読みショック!

どうやらその理由は茂木健一郎さんの起用にあるような書かれ方。11月に発覚した所得の申告漏れの問題で、それ以後視聴者から800件の意見が寄せられ、大半が続投に対する抗議や疑問だったとのこと。

間違いは間違いだけど、それを正してしっかり謝罪しただけではだめなのかな。

11月10日茂木さんのニュースが流れた当日、番組の差し替えは行われず、最後に無音声で謝罪の文章のみを流したの見て大変に強いスタッフの絆を感じた。。住吉さんも茂木さんもただスタジオに座ってゲストにちょこっと質問する、といった役割ではなく、毎回4時間のインタビューの真剣勝負。編集や、カメラや、何ヶ月もの取材をするスタッフ、誰が欠けても仕上がらない、このバランスだからこそのこの出来なのだと思う。

推測にしかすぎないけれど、キャスターすげかえの話が出てスタッフがそれを良しとしなかったのではないか。変えるくらいなら終了ということになったのではないか。

まだまだとりあげて欲しい方はいます。
藤村実穂子さんとか小笠原望さんとか。いやいや無名でも素晴らしい方はいるし、そんな方たちにこの番組で出会いたいです。

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2009年12月 4日 (金)

思いついて和霊神社へ

所用で姪、父と共に高知市神田(こうだ)に。

用の後さて、どの道を帰ろうかという時、そういえばこの近くに坂本龍馬が脱藩の前に訪れた和霊神社があることを思い出し寄ってから帰ることにした。先週土曜日に茂木健一郎さんもそこを再訪問して「脱藩の誓い」をワンカップ大関でなさった、ということだし。

「天気も良く暖かいし、行楽日和よ」「高知県人なら行くべき!」などと家族をそそのかし、もとい説得した。

いや~、大変でした。迷路のような場所にあるので。たまたま河ノ瀬の交差点のほうから行ったので余計に難しかったかも。5丁目~石立交差点のほうからなら多分標識があるはず。
高知県立坂本龍馬記念館の道案内は比較的詳しいです。http://www.ryoma-kinenkan.jp/study/place/post-41.php わかりやすいとは言わないけれど。

鳥居の手前に10台ほど置ける新しい駐車場もあるけれど、ぽかぽか温泉で車を置いて(もちろん、そこの喫茶でお茶などしてから)歩いて向かったほうが簡単だと思う。徒歩10分程度。

200912041324000一度迷って窪内酒店の近くで見かけた方に伺ったら「その靴で?(そのつもりでなかったのでピンヒールのブーツだった・・・)足元悪いですよ」と心配されて、どのような難所かと思ったが大丈夫だった。ヒールでも歩きは強い私です。

鳥居からは石段、鳥居脇に杖になるような枝も何本も置かれてある。

下から見上げたところ200912041326000
石段を上がってそこからまたさらに上に上がるかと思っていたらそこにお宮がありました。

200912041330000200912041333000 本当に龍馬の時代からさほど変わっていないようなひなびた趣の落ち着くところです。お酒など飲んで友と語り合いたくなるすがすがしい空気でした。また天気も良かったし。

そこで祈ったのは、龍馬も気になっているであろう日本のこと。それと・・・・・これは龍馬ファンには怒られそうですが・・・「脱藩の誓い」をなさった茂木さんの健康と幸運でした。

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2009年12月 3日 (木)

それぞれの時間

バスの時間を勘違いしていてバス停でしばらく待つ。はらはらと落ちてくる葉っぱなど眺めていたらあっという間だったけど。

時間って不思議。

先日の茂木健一郎さんと勝間和代さんの対談のときに、茂木さんがおっしゃっていたことを思い出す。
「打ち合わせに30分前に来い、とかいうやつは信じられない」
「一分あればいい。今日も勝間さんとボクは一分でよかった。そうですよね」

勝間さんと茂木さんの仕事量を見てみると、とても頭の回転が良いお二人なのでそれはそうでしょうと理解できるけれど、30分かかるひとの気持ちもわかります。

私自身でも比較的ゆっくりした生活をしている今と英国で仕事、学業を兼任していたときといったら、同じ1時間でも流れが違う。

仕事はティーンエィジャーのガーディアンをしながら、フローリストの資格のため週の4日間は6時間学校に行き、あとの一日はお花やさんで修行。なぜか家には留学生たちが流れ込んできたり、お客さんが多かったりで、夜は6人から10人の3コースのディナーを作ったり。ディナーに招待されたり。そして劇場に良く通い、週末はガーデンや歴史的な場所を訪れたり。イギリスではそういう生活をしていた。

今の私がポーンとその場所に放り込まれたら、できないですね。
でも、勝間さんじゃないけど「○○養成ギブス」をはめるように、2週間とかその生活をしていたら、なんともなくなるのだと思う。

だから人によってーおなじ人でもそのときの生活習慣によって同じ1時間が30分に感じる場合もあれば、1時間を3時間に感じる人もいて仕事のスピードも変わるのではないかしら?

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2009年11月29日 (日)

エンジン01 日本一本が売れている二人の対談(茂木×勝間)

前日かるぽーと近くのホテルに宿泊したので、県外からの観光客のように日曜市をはじからはじまであるいてみました。

苗とお花に使う枝物をつい買ってしまった。重い・・・。
日曜市はお店のおじいさんおばあさんの顔がいいんです!ちょこんと店の奥に座っている柔和な顔を見たときには、どれもこれも買いたくなってしまう。ざっと見たところ店番の98パーセントは70歳以上なのでは?元気なおばあさんたちが店番しながら陽気におしゃべりして笑っているのを見ると「南国の人だなあ」と思う。

Decembrehttp://www.decembre12.com/pineapple1/でブランチ後、早目にと思い1時間ほど前に会場に。でももうすでに並んでいるんですよね。

勝間和代さんと茂木健一郎さんの対談。

最初茂木さんは、’対談’ということで合理的で経済観念、数字で物を考える勝間さんと観念的でエモーションの茂木さんの違いを浮かび上がらそうといろんな質問をぶつける。

どんな質問にもすらすらと具体的な数値をあげながら冷静に答える勝間さん。いやあ、ふわふわと思いつきと直感だけで生きている私にはまぶしくて思わず’カツマー’になりそうでしたよ。めざすのは無理な話だが。

勝間さんが「茂木さんが私のようにポートフォリオとかやりはじめたら、サインするときに今茂木さんが描ているあんな絵が描けなくなってしまいますよ」とおっしゃった。それぞれ違っていいんですよね。それにしても余裕だわ、勝間さん。

まあ、対極、というのはこの対談をおもしろくする隠し味のようなもので、わざとそういう構図を作っていたのだと思うけど。

今の日本の社会を憂いているのは同じで、「アメリカのシステムを劣化コピーした日本の社会システムが日本で機能するはずがない」(勝間)「ベーシックインカムの導入」(勝間、茂木)など、こういうヴィジョンを持った人は思ったよりも多いのではないかしら?日本も捨てたものじゃない。

茂木さんが爆発したのは日本の学歴、あと就職について。
「大学なんてつぶせ。勝間さんが好きだったら勝間さんに弟子入りしたらいい。ボクだってカルチャーセンターで教えているから大学なんて行かなくても誰だってそこにくれば学べるし」「論文なんて大学の図書館に行かなくてもウェブ上で読める」

「なんで大学3年に就職活動しなきゃいけないわけ?ばっかじゃないの?」「あとオレの時代には、下宿している女子は就職が難しいとかまことしやかに言われていて。今でもそうなのかな」(茂木)

まあ英国ではいつでも就職できますからね。年齢が上でも学びたいときに学んで、そして仕事をさがしたり。

茂木さんのこれらの言葉に対して「まあ日本の会社はリスクをさけたいあまりそういうことをやってきて、だから今の状況なわけです」「いつでも就職できる状況にしなくては」(勝間)

あと心に残ったのは「利他」

「人のことを考えて人に利益があるように考えて行動していると結局は自分に帰ってくる」「自己啓発が上手くいかないのは自分の向上のことばかり考えているから。他のひとのために何が出来るかを考えそれに向かって行動すると自己啓発も上手く行く」(勝間)

「自分のことを考えると自分って’1’で、一人分の幸せ。でも他の人の幸せをを考えるって、100人、1000人・・・それこそ無限大なわけじゃない?無限大の幸せを作り出すことができるし、幸せもいろいろ。」(茂木)

確かに自分のことばかり考えるより、人が喜んでくれると考えたほうがはるかにエネルギーがでますよね。

最後の茂木さんの言葉は「今朝も桂浜で波をみながらぼーっとしていた。いやぁ、あそこの波はいいよ。皆さんも波を見て龍馬のような大きな気持ちを養ってください」でした。

高知を楽しんでくださったようでよかった。

会場から2,3の質問があったのですが、それに対しては「人じゃなくて自分」「メディアを鵜呑みにするな」(茂木)「いつも自分の頭で考えることが大事」(勝間)。

茂木さんが勝間さんに「選挙に出る予定は?」ときいて勝間さんが「ないです」と答えると、茂木さんは「ボクは清き一票をいれますよ」と。

私はこのお二人ならどちらでも清き一票を入れますね。

いや・・・でも、政治云々よりひとりひとりがその場でなすべきことをなすのが大切かな。

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2009年11月28日 (土)

エンジン01 夜楽

4時限のあと。
ものすごい人出で、エスカレーターもエレベーターも順番待ち。階段のほうが早いわ、と走り降りた。一階で28段あったので、200段ちかく。これでごちそうをいただいても大丈夫かな?

さて、夜楽の場所「濱長」は料亭。人数は40名ほどだった。
私は茂木健一郎さんと同じ並びでご友人の「電通」の佐々木さんのお隣。やさしい方でした。

座ったとたん、名刺交換がはじまるんですね、普段そういうことをしないもので一斉にはじまったそれに驚く。

最初の乾杯の時に茂木さんはすべてのテーブルをおとずれてご挨拶。それからもとにかくじっくり席に座ってお食事をなさる時間はなかったですね。一口召し上がってはすぐに立ちあがりマイクを持ち、お話や、中尾清一郎さんと白川文造さんに質問なさったり司会の役割をずうっと。

こころに残ったのは、高知は教育の低下が叫ばれていることから、白川さんが「大切なのは、国語、算数。国語ができないと問題も読み解けない。まず足元をかためる」とおっしゃった。その後をついで、茂木さんが「そして足元ばかりを見るのでなく、遠くを見る」と。

Img_4579 そうこうするうちに芸者による舞がはじまり、そのあとずっと催し物(お座敷遊び)。
しばてん踊り、べく杯(つがれたお酒を飲み干さなければ下に置けない杯)、よさこい踊り(これは私も一緒におどりました、楽しかった)、菊の花。そして茂木さんと若女将のはし拳。
あと写真のーこれはなんというかわからないですが、タオルでくるくると作った人形を踊らせるもの。ほんとうに機用に細かい動きをするので感動。茂木さんもこれは撮影なさっていましたね。

途中山本寛斎さんが乱入ということがありました。おとうさまが高知出身だなんてはじめて知りました。それと伊勢谷友介さんと異母兄弟なのですって。

宴会は7時から8時半の予定ではありましたが、若女将が時間は大丈夫」と言ってくださったので、そのあと残りました。

とはいっても他にも話したい方がおいでるので、茂木さんが私が持ってきていた本に絵と言葉を書いてくださっている間の短い時間。脱藩の話で、私が偶有性の海をはるか泳いで思いもかけなかった仕事をしていることを話し、私が「ここまで来た」「でもここでいいとは思っていない」と言うと、茂木さんはそこだけ強く「うん!」とうなづかれた。自分で自分の限界を設けずこれからも世界を広げて行きたいと思う。

Img_4595Komono右は2年ほど前にこれも高知で書いていただいたもの。(オスカー・ワイルド大好きなものでリクエストした)

3年前にも印象の絵のサインもいただいているので、それもお見せすると、「わあ、もうこの絵は描いていないんだよね」と懐かしそう。

私がずうずうしくも「じゃあ、今日は・・・どうしようかな、ゲーテとか」と言うとどっと疲れた様子。すみません、一日の終盤にこんなわけにわからないことを申して。

花が嬉しかったです。まだ私の職業をお伝えしないうちに花を描きはじめてくださったと思うけど。読めるでしょうか?「世界を花のようなもので満たすこと」と書いてくださいました。ホント、そうでありたい!

9時半ごろまで茂木さんと少人数のコアなファンの方々ともお話でき楽しいひと時。
チケット発売の朝並んでいた顔ぶれが結局最後まで残っていた。あの朝、私は2時間前から並び3番だったのですが、一番だった方は朝5時半に濱長の前にいらしたそうです。

濱長を出た後もこのまま帰るのはと、友人と一緒に夜の街を歩きながら、友人が聞き逃した講義の話をし、また夜楽の話。友人も中尾さんにかなり心惹かれた様子。

カフェにはいり閉店まで話したり、ずうっとホテルの部屋でも1時過ぎまでいろんな話をした。考えが同じということではないけれど、こうして情熱をもっていろんな大切な話ができる友人がいる喜び。

2人とも興奮しているのでまったく眠くならないんですよね。困った。

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エンジン01 オモローな旅自慢(オスカー ワイルドの旅)

さて、4時限め。

5人の方がそれぞれの旅の体験について話すのかなと、さほど期待せずに座っていたらすごい展開に。

最初に吉村作治さんがそれぞれの旅自慢をして欲しいとうながした。

伊藤譲一さんが中東での約束と契約の話をし、吉村作治さんがそれを少し補足して説明してくださった。中東では約束は約束だけでいいこと。契約書を交わすのは、イスラム以外の国の人たちと何かするとき。信用しているひととだと約束だけでいいから、には納得。T・E・ロレンスのことを思い出し「あれはまずかったよなあ」と考える。

谷川さんは地名の話。

次の茂木さんは立ち上がり「ボクはオスカー・ワイルドの話をしようと思う」。

え、え??
いや、私は小さい頃からオスカーを愛しているから嬉しいけど、旅自慢で?

そこからが茂木健一郎さんの素晴らしいところ。

De Profundis『獄中記』はワイルドがレディングの監獄にいたときに書かれたもの。この中で彼は旅をした。自己の内面への旅に。監獄の中にいてさえも旅は出来る、と。そして吉村さんにそういう話をして欲しいと。いつにもまして情熱的な話でした。

メモなどとってなかったもので、茂木さんの趣旨からはずれていたらすみません。一度私の中で編集されているので。

吉村先生は、さすがですね。
すこしたじろいだふうではあったものの、「いや~、さすがですね。深遠な話でしたね、皆さんわかりましたか?」と。

そのあと、ご自分が用意してきた話ではなく、吉村さんとエジプトのお話をしてくださいました。とにかくいつも目的は発掘だった。どうしたらおもうように発掘ができるかを考えてきたと。吉村さんのお話だけでもゆっくり2時間くらい拝聴したかったな。

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エンジン01 右脳自慢左脳自慢

エンジン01文化戦略会議のオープンカレッジin高知を楽しんできました。3日間だけど、私が参加できたのは2日間。

12時からの2時限にと、会場のカルポートに。
いままで見たこのことのないほどの人の海にびっくり。高知にこんなに人間がいたの?

2時限め「右脳自慢左脳自慢」に参加。
講師は、茂木健一郎、北山孝雄、中尾清一郎、宮野素子、森川伸男という違った分野からの方々。

5人ものかたがこういったテーマに沿って話すと上滑りの軽い話になるのではと心配していたが無用だった。茂木さんが司会をつとめ、質問をしてそれぞれの方が答え、そして会場の観客にも同じ質問を投げかけた。

大きく分けると4つの質問。茂木さんが常におっしゃっているテーマです。

①あなたにとっての脱藩とは

先日訪れてすっかり気に入った和霊神社(坂本龍馬が脱藩するまえに訪れた坂本家のお宮)http://www.city.kochi.kochi.jp/soshiki/39/wareijinja.htmlを当日朝にも訪れたそうです。

ユング派分析家の宮野さんは、声楽家を目指していたがあるとき書店でユング派の本を手に取り読んですぐに「これだ。スイスに行ってこれを学ぼう」と思ったそうで、なんの保障もないままスイスに旅立った。それが彼女にとっての脱藩。

私はぼんやりと自分がイギリス行きを決めたときのことを考えていたが、茂木さんの「会場のかた、どなたかご自分の脱藩について話してください」という呼びかけには立ち上がれず。500人ほどの会場なんですけどね。情けない。

②あなたにとってのコンプレックスとは

自分のコンプレックスをユーモアを持って語れる男性は非常にモテると。
茂木さんは「太ってること」。毎朝走っているけれどかわらず、椎名誠さんは200回(だったかな?)するスクワット、腹筋、腕立て伏せを茂木さんは30回やり始めて10日間。だんだん40になってきたということです。
最後に、観客の一人、20歳の女の子が前に出てきて体験を話した。
引きこもりで、高校の資格を5年かかってとり、就職は大変だったが良い同僚に恵まれ今楽しく仕事していると発表。素晴らしかった。大勢の前でこれだけのことを話せるなんて。感動で泣いてしまった。

③何がおこるかわからない、という不安を話す。

何が起こるかわからない、それを楽しむ事が大切。これは3年前の高知夏季大学での講義でも茂木さんがお話なさったこと。

④高知への思いを述べる。

たいていの講師の方はいかに高知の人間がいいかといったようなことをユーモアを持ってお話して、会場もどっと沸く。

その中で強く心に残ったのは中尾清一郎さんの言葉。
「都会から来た人は田舎はいいとか、いいこといいますよ。」「私は佐賀の人間だから。」そして、「高知に言いたいことは、欠点から目をそむけない」と。

そりゃあ、高知もこののんびりしたところはいいですが、確かに高知の悪いところには目をつむってしまっているところはたくさんある。そんな風では良くなりようがないと叱咤激励してくださったのでしょう。

この方は茂木さんをモーツァルトにたとえ、自分はあくまでも平凡な人間、そして佐賀という土地から離れることができない凡庸なサリエリだと。その自分の抱えているものから逃げないで、そこで戦ってゆくというようなことをおっしゃった。その自分を客観的に見つめる視線にものすごいインテリジェンスを感じました。こうして書くと辛らつな言葉のようですが、ユーモアのある話し方で素晴らしいです。

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2009年11月10日 (火)

茂木さんのニュース

ごはんを作りながら聞いていた(まだテレビ壊れたまま、トホホ)NHKのお昼のニュースで「茂木健一郎氏が国税庁から4億円の申告漏れの指摘をされ・・・」と聞こえてきてびっくり。

2006年から、ということで本人がおっしゃったとおり「仕事におわれ時間がなかった」というのが本当でしょう。

4年前からほぼ毎日茂木さんのクオリア日記(と最近はThe qualia journalも)を読んでいますが、3年ほどまえから加速的に多忙になり、NHKだけでなく民放の番組でも活躍。ブログでの新刊のおしらせはほぼ毎週。1~2週間に一冊のペースで出るので大変、購入する私が。いやほんとうは執筆者のほうが大変。

それなのに、マネージャーをおかず「講演会などのオファーがあった時にはじめて接する”顔”が他の誰かではなくて自分自身でありたいから」と。

そういう気持ち、姿勢はいいなと思いますが、どう考えてもあの忙しくも充実している毎日の中で確定申告の時間を作り出すのは無理でしょう。税理士に頼みましょうよ、茂木さん。

関連記事はhttp://www.asahi.com/national/update/1110/TKY200911100156.html

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2009年11月 2日 (月)

メールの返事

各方面から(?)ご心配いただいた「夜楽」(エンジン01で高知においでる各界の著名人たちと酒食を共に語り合うという企画)のチケットですが、日曜日に朝8時半から並び無事友人の分と2枚入手できました。良かった!

もちろん茂木健一郎さんの会場です。これで、私は茂木さんと2006年以来ほぼ毎年高知でおめにかかりお話することになる。(えへん!) 
2010年もいらしてくれないかしら?

今日は古くからの友人のお誕生日。
お祝いのメールを送ったら、ちょっとしたことですこおし落ち込み気味だった気分に光が差したようだと、ものすごい喜びよう。

「お祝いメールが本当に嬉しくて、明るく前向きに頑張って行けそうです。」

こちらが贈りものをいただきました。
本当にたいしたことを書いていたわけじゃないのに。受け取った彼女の感性が素晴らしいんだな。

この人はどこまで魂を純化させていくのでしょう?お返しのそのメールに感動して、私も負けじと高みに上って行きたいなあと思う秋の宵。

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